小説書きさんに100のお題を元に小説のワンシーンを書く企画です。
お題はこちら
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 朝、美夜がここにきた時、室内は薄暗い明りが灯っていた。どうやら、この部屋に泊まった者が明け方近くまでここで何かをしていたらしい。机に散らばった煙草の吸殻。整理しているとも思えない書類の山。飲みかけのコーラの缶。そして、今もスイッチの入っている彼女自身のノートパソコン。何をしていたのかは検討がつく。
 応接室のソファーで豪快に寝ていた大和は、美夜の気配がわかったのか、頭髪を掻き混ぜながら扉から出てきた。
「うぃっす」
 普通の挨拶ともつかないような言葉を口にすると、顔洗ってきますー、と呟きつつ洗面所の方に向かって行った。

「どこから入ってきたのかわからなかった?」
「うん」
 残ったコーラの缶に一口口を付けてから、なんとも異様なものを口にした様な表情で、舌を出すと、あっち行ってろとの如く缶をサイドに追いやる。
「それ、昨日の件?」
「うん。あ、とりあえず例のウェアは抜いといたんで、もう使っても大丈夫だけど」
「珍しいわね、アンタがこの手の問題で手こずるなんて」
 本人も気にしているらしい。うな垂れる程ではないが、うつむき気味に頭を倒し、苛つくように机を指で弾いている。
「そう言うなよ。これでも考えてるんだから。この辺は今高速回転でだな……」
 自分の頭を指差しながら言う大和を美夜は一言で遮った。
「その台詞使う時って、全然考えが纏まってない時だよね」
 今度こそガクリと肩を落した大和は、長い溜息をつきつつ更に指を苛立たせる。図星を突いたらしい。
「ありがとう。そこまで調べてわからないんじゃ、どうしようもないもんね。この件は、今後の教訓にしましょう。会議の内容が漏れてたのは痛いけど」
 こういう時、美夜はいつも思う。自分もこういう知識を身に着けていかなければならない。文句を言いつつも、毎回こうして対処をしてくれるのは大和なのだ。本来は、自分がやるべき問題なのに。
 彼だけに任せておくわけにもいかない。自分も動かなければ。
 自分の知識で調べられること――ウェアの侵入経路、客の素性、他には……。
「それから、前に話してたヤツのバージョンアップ版が出来てるから、後で、詳細メールで送るんでよろしく」
「そう、ご苦労様」
 なんとも賦に落ちない会話だった。ウェアの素性がわからなかったのが自分の中で引っかかっているだけなのか、それとも、どこか見落としている部分があるからなのか。
 とにかく、朝からすっきりとしない気分であったのは確かだ。
 やがて、メールが回ってきた。先ほど大和が話していたソフトの件だ。社内用のビューア。重要書類などを閲覧する際に使用している。
『件名:お知らせ
 送信者:Yamato D
 宛先:All
  お待たせしました。
  特製ビューアの最新版をサーバーにアップしました。
  ここから落してね
   XXX.XXX.XXX.XXX\DSOFT\Ver2_1     
  サーバーも前のが一杯なので新規で作りました。
     ネットワークプレースを作成してください。
  パスワードは○○○です。
  なお、以前のビューアと互換性はありません
  今後はこちらをご利用ください。
  (対応させる時間がありませんでした。ごめんなさい)                      
                  以上    』
『件名:さっそくですが
 送信者:Yamato D
 宛先:美夜ちゃん
  昨日のS社の案件の報告です。
  最新ビューア使わないと見えません。
  すみませんが、インストールしてください。
                        』
 後で大和に文句を言おう。これでは仕事が進まないではないか。いつものように、CDに焼いてくれればいいのに。
 とりあえず、報告書を見るのは後まわしにしよう。インストールにもサーバーの接続やらで手間がかかりそうだし。

 数日後

「ほい社長。例のウェア入れたらしい人。ちょい、さぐり入れてみて」
 あれから、2日たった午後、ぺらりとした一枚の紙を差しだして、大和はにやりと笑った。
「わかったの?」
「ここまでやれば、後はそっちで何とかなるでしょ」
 プリントには、IPアドレス、名前、住所、生年月日、勤め先。そして御丁寧に、好きなアイドル、好みの女性のタイプまで記入されている。
「待って、名前はともかく、なんでこんな事まで……」
「さて、なぜでしょう」
 名前や住所はわかる。これは、IPアドレスから足がつく。しかし、更に細かいことは……。
 首を撚る美夜を横に、大和はさっさと自分の席に戻った。
「目には目を歯には歯をってね」 
 大和が何やら自分のマシンのキーを叩くと、美夜の足元で音がした。なんとパソコンのCD−Rの蓋が開いて、中のCDが吐き出されていた。
「!?」
 見ると大和が楽しそうにキーを操作している。一動作終わるたびに、勝手にインターネットの画面が表示されたり、壁紙が変わる、エラー音が『ごはんですよ』に変わっている。
「信じらんない、何やってるの?」
「やっぱり、あっさり引っかかるよな美夜ちゃんは」
 それから聞かされた説明は驚きと怒りの連続だった。
 まず、問題のスパイウェア。これが美夜のマシンから排除されたというのは全くの嘘で、未だに美夜のマシンの中に潜んだままらしい。つまりは、相変わらず情報が向うに筒抜けだったということだ。
 更に、この間作成したというビューアツール。
「あれにも仕掛がしてあったんだな。これが」
 目には目を歯には歯を、でこれにもスパイウェアを「オマケ」で付けたらしい。ストレートに言うなら、美夜のマシンの中身は、大和にも筒抜けだったということだ。
「サーバーからツールを落してくれってメール入れたじゃない。あれからしばらく経ってさ、うちで割り当ててないIPアドレスでツールを落したやつがいるんだよ」
 美夜ちゃんのマシン通してメール見たんだろうね。自分のマシンにインストールしてくれるかどうかは運だったけど、美夜ちゃんがなかなかインストールしないんで、痺れ切らして自分で落してきてくれたってわけだ。
 つまり、美夜が客から指示されたツールを入れてスパイウェアに引っかかったのと同じことで、大和も、相手にツールを入れさせて、スパイウェアを混入させた、そういう事か?
「相手もマヌケで助かった。それから、そこの植木鉢んとこに、こんなの発見」
 ポケットから無造作に取り出したのは、小型の機械。
「……カメラ?」
「情報漏れってのも、あまり気にしなくていいかもしれない。美夜ちゃんの反応見て喜んでただけみたいだから」
「はぁ??」
「盗撮マニアのストーカーってとこかな。マシンの中に受付嬢とか、秘書とかそんな写真が一杯入ってた。気をつけなよ」
 犯人がわかった今となっては、すでにこの件は大和の興味の対象から外れているのだろう、なんとも淡々とした説明だ。
 悪質だね、の一言で済む問題か? 
「そもそも、これって運よく犯人がアンタのツールを入れたからわかったわけでしょ」
「運よく、でもないぞ? 誰かさんが面倒臭がってなかなかツールを入れないだろうと大方予想がついてたし、ウェアを取り除いたと思い込んでるから、美夜ちゃんも普通にマシン使ってただろ、向うがそれをみて、スパイウェアの存在に気付かないで使用し続けてると思い込んだ。これならある程度妙な事が起こっても、この女なら気にとめないってね」 ものすごく失礼なことを…

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