小説書きさんに100のお題を元に小説のワンシーンを書く企画です。
お題はこちら
http://page.freett.com/yanagii/100/

以前の消化お題はこちら
http://www.interq.or.jp/mars/kogu/novel/100daiNovel/100daiNovel.html

------------------------------------------------------------ 何とも音程の外れた鼻歌を歌いながら、男は自転車を走らせていた。
 年齢は二十歳をやや越した頃といったところか。中肉中背、といえば本人は喜ぶかも知れない。どちらかというと浴衣姿が似合う体系というのが相応しいこの男、どこに向かうのか時折よそ見をしながら、のんびりとペダルを漕いでいる。
 ネクタイ……は自転車を走らせていると邪魔になるのでシャツのポケットに突っ込んであるらしい。紺色のスラックスとビジネスシューズ。営業の外回りにしては客先に嫌われそうなな無精ひげ、背負った灰色のディパックからして学生に見えなくもないが、どちらにしても中途半端だ。
 商店街の掲示板に貼ってあるアイドルのポスターに見惚れているらしい。危なかしげなバランスを保ったまま、ペダルを漕ぐ足に力を入れる。
「サラリーマンはー、気楽な稼業っときたもんだっと」
 パチンコBEWと書かれた看板の前で一度自転車を停めかけ、何かを考え直したのかまたサドルを跨ぎ直した。
 結局、彼がたどり着いたのは商店街の外れにある小さな喫茶店「木陰」。白い色を基調に、窓枠はレンガをあしらった中々洒落た店構えだ。
 両肩で背負っていた灰色のディパックの右肩をわざと降ろし、片方だけで背負いなおすと、店の扉を開いた。カランと音がして客が来たことを知らせる鈴が小さく鳴った。
 カウンターでコーヒーを淹れていた店主らしき男が、友達を見るような顔でにこりと笑った。
「俺グレフルね。それから、また例によって電源借りんよ」
「好きに使って」
「さんきゅ」
 迷うことなく窓際の一番奥に席をとり、腰を降ろす。同時にディパックも隣に放り投げた。中からノートパソコンを取り出し、自分のうちのように電源コードを繋げる。
 Dとカッティングシートが施されたマシンの蓋を開けると、起動音が鳴った。
「グレフルお待ち。なに、ヤマちゃん、今日もサボリ?」
「人聞き悪い事言わない。やる気が出るような環境を作るのも仕事のうちなんだよ」
 運ばれたグレープフルーツジュースを一口飲み込み、一気にキーを打つ。
 一方で、読み込まれるメールの一覧をチェックする。毎回かなりの量になる。どうでもいいものも多いのだが、たまに必要なものも紛れてくるからこのメールチェックというのもなかなか面倒臭い。
 「作業報告」「親愛なる貴方へ」「Hi」……他59件
 英語のメールはまずいらない。明かにスパムとわかるのも却下だ。そうすると、多くて四、五件。一件も残らないこともある。
 とりあえず、日本語で書かれたメールだけ見ていくことにする。明かにアダルトサイトへのお誘いとわかるものはここで削除。微妙に自分好みの女の子の顔があっても涙を呑んで削除。
 すると
 「作業報告」
 「お願いです」
 「○日発生の不具合について」
 今回は三件だ。
 仕事関連だとわかる2つについては後で見るとして、気になるのは二件目のタイトル、「お願いです」。
 差出人は「Bottle」となっている。
 Bottle。確かどこかで覚えたアドレスのような……。
 とりあえず例しに目を通してみる。数行読んで、胡散臭ければその場でごみ箱行きだ。
『ysぢlryr 
 ぎぃど、slrm ういhせs、いts
 うえの なお』
「……なんじゃこりゃ?」
 もう一度差出人を確認してみる。Bottle……ボトル?? 
「……あ」
 思い出した。だいぶ前に登録していてすっかり忘れていたメーリングリストの一種だ。登録しておくと、書いた手紙をボトルに入れて流すのと同じ感覚で、登録したメンバーの誰かにメールが届くというものだった。
 なんとなく面白そうだったので登録した。結局、自分からメールを流さないとほとんどメールが回ってこないので、時とともに登録したことすら忘れていた。
ネットの海に投げた手紙。それは、いつ、誰に届くかもわからない。そんな内容だった。 かろうじて文字として認識できるのは「ぎぃど・うえの・なお」暗号か何かだろうか。(ま、スパムでもないし。とりあえず、取っとくか)
 とにかく、何かを伝えるためにネットの海を流れて、偶然ここにやって来たのは確かのようだ。

83.漂着でした。

文中で記述したボトルに手紙を入れて流すようにネットの海をどんぶらこっこすっこっこと不特定多数の人にメールを届けるツール。実際に存在します。
私が書いたのはお話の中のものなので、普段使ってるメールに届くという設定になってますが、ホンモノは、ボトルメール専用のツールを使ってメールのやりとりをします。
面白いですよ。メールの送信は、手紙をビンに入れて海に放るんです。
投げたビンは、同じくボトルメールがインストールされている誰かの所に流れていきます。
この間やったんですが1月頃に書かれた誰かのメールを拾いました(笑)
私のお題の中ではちょいと殺伐としたイメージがあるかもですが、ホンモノのボトルメールの方は、みなさんイラストや写真をふんだんに使ったメールを楽しくやり取りしていますよ^^

http://www.bottlemail.jp/
一週間は使用無料。 以降はシェアウェア
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 最後の一人を前に俺は一度深呼吸した。そいつは、傍らにあったコルク抜きを震える手で掴み、武器代わりに振り回してきた。もう、敵を倒そうとしているわけじゃない。完全に防御体勢だ。周りの仲間が全員やられて狂乱してるのかも知れない。
「くるな、くるなー!」
 とんでもないものでも見たかのような目で睨み付けられた。化け物か、俺は。まあ、こいつが化け物扱いしてくるのも否定はしない。ここを守ってた人数は、いちいち数えてるわけじゃないんで何とも言えんが、ここに来るまでに少なくとも二十人はぶっ倒してる。きちっと並んでいたソファーセットは見る影もなく切り刻まれ、一脚はには銃弾の跡も数発。盾替わりにしていたせいで縦に起き上がたままだ。一脚かろうじて同じ位置に残っていたソファーには、血がこびりついた斧が刺さっている。我ながら、こんな中よく銃なしで生き残れたもんだ。
 威嚇のつもりで相手を睨んでると、どこか甘い香りが鼻をついた。さっき棍棒代わりに使ったワインだ。
 家主の趣味なんだろうが、飾り棚にあったワインは一本残らず割り散って、そこいら中からアルコールの匂いがぷんぷんする。多分、札束単位で取引されているものだろう。くそっ、一本くらい残しとくべきだったか。
 おっと、誤解のないように言っておく。あちらこちらで気絶してる親父ども、多少手荒な事はしたが、誰一人殺しちゃいない。この先の金庫にしまってある資料を見るのに邪魔だから、少しの間眠ってもらっているだけだ。運が悪い奴は、この先一、二ヶ月は病院のベッドから起きあがれないかも知れないが、その辺りは自分の運の悪さを呪ってもらう他ない。
 そして、残りの一人。研修などは受けているせいか構えは堂々たるもんだが、見たところそんなに腕っぷしは強くない。なるべく戦闘から離れて逃げるようにして動いてたらこうなった。そういった感じの冴えない警備員。まあ、こういうタイプの方が、どこの世界でも生き残る率が高いのかもしれない。
 相変わらず武器を振り回すばかりでこちらに向かってくる気配もない。ここまでくると見てるこっちが憐れになってくる。連中も警備が仕事だ、必死なんだろう。
 けど、こっちも仕事だ。とっとと先に進まないと、また厄介なことになる。
「ごめんよ」
 一言詫びを入れて俺はコルク抜きを振り回す腕を掴んだ。あまりじたばたされると、下に響いてまた人が増える可能性がある。手首を通常と逆の方向に曲げると、握り締めていた武器は自然と床に落ちた。
 大人しくなった所で鳩尾に一発ぶち込む。ヒット。奇麗に入ったな。
 ようやく静かになった部屋の中、俺は次の仕事に取り掛かった。
 金庫は指示通りに操作したら無事に開いた。
「げ、作戦の帳簿?」
 こんなもんは後回し。数字と睨めっこするのが一番苦手だ。
 他はっと……。

「御苦労でした。報酬はいつもの通りに」
 資料があった事を連絡すると、通話は僅か三十秒で切られた。
 労いの言葉も事務的だ。むかつく女。
 いつもの通り、かぁ。
 いつからこんな毎日がいつもの通りになっちまったんだろう。
 報酬の為にあちらこちらを周り、情報を集める。いつからそれが普段の毎日になったんだろうな。
 情報屋と呼ばれる連中にも顔を覚えられて、時には今回みたいに強引な侵入で資料を奪って……。
 そりゃあどれもこれもてめぇの頭で考えてやってきたことだ。ここで文句垂れるのも筋違いなのはわかってる。
 ただ、やってることが正しいのか、時々判断がつかなくなるんだ。組織がやってることが全部正しいとは思えねぇし、向うも多分そうは思っちゃいない。
 俺が動いて、その結果が組織に利をもたらす。その報酬を使って俺はまたヤツを探す。ギブアンドテイクってやつだ。
 ヤツと出会った事が、今俺がここにいる理由の全て。そう言っちまえば格好いいんだろうが、それはそれでヤツに人生振り回されているようで納得がいかない。
 それとも、こいつが死んだじいさんの言ってた、なるべくしてなった人生ってやつなんだろうか。
 少しずつ情報が明かになってくれば、ヤツにも近づける。
 傷の絶えない血生臭い人生、そいつが俺の毎日なら、それはそれで上等だ。
 少なくとも、何もしないで気付いたら日が暮れる一日を過ごすよりはずっといい。アンタも、そう思わないか? 

59.凡庸 でした。

え? 全然凡庸じゃないよって??(汗)
平和な光景書いてても面白くならなそうだなーと思ったのと、
Bunp of chickinのStage of the ground聞いてて妙に書いてみたい人物ができあがっちゃったからなのでした。( ̄▽ ̄)

飛べない君は歩いていこう、絶望と出会えたら手を繋ごう♪ 
の辺り聞いててふっと思いついて。

君をかばって、散った夢は、夜空の応援席で見てる
強さを求められる君が、弱くても、唄ってくれるよ
ルララ

あの月も、あの星も、全て君の為の舞台照明
叫んでやれ、絞った声で、そこに君が居るって事
迷った日も、間違った日も、ライトは君を照らしていたんだ
君が立つ、地面はホラ、360度いつだって〜♪

書いてる間ずっと歌いっぱなしでした。
ええ歌詞だよなー( ̄▽ ̄)
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 目の辺りに火花が散った。
 即座に反転。考える間もなく、天地がひっくり返る。
 視界に何も見えなくなってからしばらくの間は、不思議と痛みを感じない。痛感が鈍ったのかと思うくらいだ。砂だらけの地面に突っ伏しているんだ、そう気付いた途端、急激に熱さが全身に回る。
 吹っ飛ぶ瞬間、僅かだけ見えた爪先に、まったく反応ができなかった。いつもそうだ。応戦しようと構えた時には既に拳が体にめり込んでいる。蹴り付けた相手が既に逆さまに見えていたり、瞬きした次の一息で地面に激突していたり。……どちらにしても、相手が動いた時点で既に決着がついている。
 油断したなぁ。
 普段ならここで舌打ちをしているだろうが、今そんなことをすれば確実にまた一撃もらってしまう。
 最初は自分の方が圧していた。動きを読み取り、攻撃を交わしている間に次の動きをまた読み、確実に間合いを詰めていた。
 しかし、調子がいいのもそこまでで、春一番にも似た強い風が辺りに埃を舞い散らした時、片目を瞑った瞬時に勝負を引っ繰り返された。
 一度リズムが乱れると、何気ない動作すら予想がつかなくなる。
「まだ降参には早すぎないか? 倫」
 頭上で聞こえる容赦ない声。
 ちったぁ手加減しろ、このクソ親父!
 悪態をつこうにも、堰と胃液が出るばかりで、過ろうじて息をしている、そんな状態だだ。とても、勝負をしているようには思えない。
 いや、これでも手加減されているのだ。真剣勝負で向かい合っていたなら、命のスペアがいくつあっても足りない。
 何割かの力でしかないのに、このザマか。
「避けられなくても諦めるな。いいか、受け止めるんじゃない、流すんだ。自分で威力を殺すんだよ」
 理屈ではわかっている。攻撃を受ける側と逆方向に自分から飛べばいい。
 わかってはいる、だが。
 体は起こせても、呼吸が元に戻らない。四肢も意識とは別の次元で脈打っている。ほんの十秒、いや、五秒でいい、体を休める時間が欲しい。自分の前に立っている人物に目で訴えつつ、深い呼吸を繰り返す。
 吐き出す息の量が自分で調整できるくらいにまで落ち着いた頃、また蹴りが飛んできた。かろうじてよけたものの、立ち上がり切れず無様に尻もちをつく。更にくり出される拳に後ずさるようにしてどうにか交わしながら、勢いでどうにか地面から手を離す。何十回と吹っ飛ばされると、自然と反射がつくものだ。
 完全にバランスを取り戻していないのでどれも数ミリ差の範囲。追いつかれるのも時間の問題だった。
 埃が舞って目に飛び込んだ。たまらず片目を瞑る。
 やばっ、これさっきと同じパターンかも。
 そう脳が理解した瞬間、無駄のない動きで父が足を振り上げる。
「!」
 擦りはしたが、もう先程のように視界の反転はしない。避けられるものは確実に避け、対応が間に合わないものも最善の手段を考える。そんな余裕が出てきた。このスピードに体が慣れてきたのかもしれない。
 こいつはもう食らわない。そう思ったとき。
 また、父の足を振り上げるリズムと早さが変わった。

 こうしてまた、敗北感を味わうことになるのだ。

 何度地面に倒れ込んだのか、途中からカウントを忘れてしまった。
「ここまでだ。もう飽きた」
 暇つぶしのつもりで遊んでいた、そう思わせる台詞を吐くと、彼は大の字になって倒れている息子を横に踵を返した。
 流す余裕も、避ける余裕もまったく与えてもらえなかった。
 何度向かっていっても、何度動きを読もうと目を凝らしても、結局いつもと同じく地面に叩きつけられて、自分の力でどうこうできるものではないことに気付かされる。自信が削られていく。
『限界が来たと思ったら、そう言え。コツはいくらでも教えてやる。お前の身を守るためだけのな』
 もう、何年前になるんだろう。武術を本格的に教わる前の日に、そう言われたのは。
 どうやったって無理だ。今度ばかりは攻略できない。限界だ。叩きのめされて、まったく勝機が見えないときは本気でそう思う。幾度繰り返しても変化が見られない、そんな状況が弱音を作り出しているんだろう。
 これ以上やっても、後はずっと今の状態から進歩がないのではないかと。
 自分には、人を守る力がないのではないかと。
 ……今が、それを口にする時なのではないかと。
 足音が、ゆっくりと遠離る。
 今の俺は、多分あんたを越えられない。自分の面倒すら今は見ることができない。周りの人まで守ることなんて到底できない。
 耳鳴りがしてきそうな頭の中で、次々とそんな言葉が浮かび上がる。
 もう、これ以上無理。そう言えばきっと、今より楽になれる。
 倫は何かを言いかけ、声に出そうとしてそのまま噤んだ。溜息とも笑いともつかない表情で肩を揺らし、まったく別の一言で済ませる。
「ちょっと待ったぁ」
 口の中が切れてどうにも染みたが、それでも絞れる限りの声で叫んだ。なるべく軽めに聞こえるようにわざとトーンを上げてみる。起き上がる気力すらないと思われたくないが為の精一杯の虚勢だった。
 静かに足音が止まる。立ち止まったのがわかり、倫は切れた唇から血を拭うように強く拳で擦ってみせた。
「まだまだ、いけるよ」
 
 まだこの人は越えられない。ひょっとしたら、いつまで経っても越える事はないのかも知れない。
 けれど、少しずつでも跳躍を伸ばせば、いつか天辺に手をかけることくらいはできるかもしれない。
 脳裏に浮かんだ仲間たちの顔がはっきりしてくると、自然とそんな風に思いなおす事ができるのだ。

66.壁でした。

私がいつも思ってて、そんでもって好きな言葉は
「一度受けた矢は痛いけど、もう二度目は食らわない」

ってこと。どっかのアナウンサーさんが言ってたと思いましたが誰の言葉だったか忘れちった( ̄▽ ̄;

忍者の修行みたいに、3mの壁が越えられたら今度は5m、5mが跳べたら10m。越えても越えてもきっとまたもっとでっかい壁みたいなもんはあって、自分が跳べるギリギリの高さだったり、10mが限界なのに突然30mとか、そんなこともあったりするかと思います。
避けて通ったり、思いっ切りぶち壊して通ったり、下から穴掘ってくぐってみたりと、手段は色々ですが、やっぱ何かそれなりに自分も行動しないと先には進めないんだろうなーと。
当たり前のことだけど、自分なりに先を見ていきたいなーとふと思った今日この頃でした。( ̄▽ ̄;

本日モノ書き仲間の巧馬さんと呑んでて、それぞれの持ちキャラの父親像で盛り上がったんで、なんとなく自分とこの主人公とそのおやぢを書いたともいう(笑)
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 朝、美夜がここにきた時、室内は薄暗い明りが灯っていた。どうやら、この部屋に泊まった者が明け方近くまでここで何かをしていたらしい。机に散らばった煙草の吸殻。整理しているとも思えない書類の山。飲みかけのコーラの缶。そして、今もスイッチの入っている彼女自身のノートパソコン。何をしていたのかは検討がつく。
 応接室のソファーで豪快に寝ていた大和は、美夜の気配がわかったのか、頭髪を掻き混ぜながら扉から出てきた。
「うぃっす」
 普通の挨拶ともつかないような言葉を口にすると、顔洗ってきますー、と呟きつつ洗面所の方に向かって行った。

「どこから入ってきたのかわからなかった?」
「うん」
 残ったコーラの缶に一口口を付けてから、なんとも異様なものを口にした様な表情で、舌を出すと、あっち行ってろとの如く缶をサイドに追いやる。
「それ、昨日の件?」
「うん。あ、とりあえず例のウェアは抜いといたんで、もう使っても大丈夫だけど」
「珍しいわね、アンタがこの手の問題で手こずるなんて」
 本人も気にしているらしい。うな垂れる程ではないが、うつむき気味に頭を倒し、苛つくように机を指で弾いている。
「そう言うなよ。これでも考えてるんだから。この辺は今高速回転でだな……」
 自分の頭を指差しながら言う大和を美夜は一言で遮った。
「その台詞使う時って、全然考えが纏まってない時だよね」
 今度こそガクリと肩を落した大和は、長い溜息をつきつつ更に指を苛立たせる。図星を突いたらしい。
「ありがとう。そこまで調べてわからないんじゃ、どうしようもないもんね。この件は、今後の教訓にしましょう。会議の内容が漏れてたのは痛いけど」
 こういう時、美夜はいつも思う。自分もこういう知識を身に着けていかなければならない。文句を言いつつも、毎回こうして対処をしてくれるのは大和なのだ。本来は、自分がやるべき問題なのに。
 彼だけに任せておくわけにもいかない。自分も動かなければ。
 自分の知識で調べられること――ウェアの侵入経路、客の素性、他には……。
「それから、前に話してたヤツのバージョンアップ版が出来てるから、後で、詳細メールで送るんでよろしく」
「そう、ご苦労様」
 なんとも賦に落ちない会話だった。ウェアの素性がわからなかったのが自分の中で引っかかっているだけなのか、それとも、どこか見落としている部分があるからなのか。
 とにかく、朝からすっきりとしない気分であったのは確かだ。
 やがて、メールが回ってきた。先ほど大和が話していたソフトの件だ。社内用のビューア。重要書類などを閲覧する際に使用している。
『件名:お知らせ
 送信者:Yamato D
 宛先:All
  お待たせしました。
  特製ビューアの最新版をサーバーにアップしました。
  ここから落してね
   XXX.XXX.XXX.XXX\DSOFT\Ver2_1     
  サーバーも前のが一杯なので新規で作りました。
     ネットワークプレースを作成してください。
  パスワードは○○○です。
  なお、以前のビューアと互換性はありません
  今後はこちらをご利用ください。
  (対応させる時間がありませんでした。ごめんなさい)                      
                  以上    』
『件名:さっそくですが
 送信者:Yamato D
 宛先:美夜ちゃん
  昨日のS社の案件の報告です。
  最新ビューア使わないと見えません。
  すみませんが、インストールしてください。
                        』
 後で大和に文句を言おう。これでは仕事が進まないではないか。いつものように、CDに焼いてくれればいいのに。
 とりあえず、報告書を見るのは後まわしにしよう。インストールにもサーバーの接続やらで手間がかかりそうだし。

 数日後

「ほい社長。例のウェア入れたらしい人。ちょい、さぐり入れてみて」
 あれから、2日たった午後、ぺらりとした一枚の紙を差しだして、大和はにやりと笑った。
「わかったの?」
「ここまでやれば、後はそっちで何とかなるでしょ」
 プリントには、IPアドレス、名前、住所、生年月日、勤め先。そして御丁寧に、好きなアイドル、好みの女性のタイプまで記入されている。
「待って、名前はともかく、なんでこんな事まで……」
「さて、なぜでしょう」
 名前や住所はわかる。これは、IPアドレスから足がつく。しかし、更に細かいことは……。
 首を撚る美夜を横に、大和はさっさと自分の席に戻った。
「目には目を歯には歯をってね」 
 大和が何やら自分のマシンのキーを叩くと、美夜の足元で音がした。なんとパソコンのCD−Rの蓋が開いて、中のCDが吐き出されていた。
「!?」
 見ると大和が楽しそうにキーを操作している。一動作終わるたびに、勝手にインターネットの画面が表示されたり、壁紙が変わる、エラー音が『ごはんですよ』に変わっている。
「信じらんない、何やってるの?」
「やっぱり、あっさり引っかかるよな美夜ちゃんは」
 それから聞かされた説明は驚きと怒りの連続だった。
 まず、問題のスパイウェア。これが美夜のマシンから排除されたというのは全くの嘘で、未だに美夜のマシンの中に潜んだままらしい。つまりは、相変わらず情報が向うに筒抜けだったということだ。
 更に、この間作成したというビューアツール。
「あれにも仕掛がしてあったんだな。これが」
 目には目を歯には歯を、でこれにもスパイウェアを「オマケ」で付けたらしい。ストレートに言うなら、美夜のマシンの中身は、大和にも筒抜けだったということだ。
「サーバーからツールを落してくれってメール入れたじゃない。あれからしばらく経ってさ、うちで割り当ててないIPアドレスでツールを落したやつがいるんだよ」
 美夜ちゃんのマシン通してメール見たんだろうね。自分のマシンにインストールしてくれるかどうかは運だったけど、美夜ちゃんがなかなかインストールしないんで、痺れ切らして自分で落してきてくれたってわけだ。
 つまり、美夜が客から指示されたツールを入れてスパイウェアに引っかかったのと同じことで、大和も、相手にツールを入れさせて、スパイウェアを混入させた、そういう事か?
「相手もマヌケで助かった。それから、そこの植木鉢んとこに、こんなの発見」
 ポケットから無造作に取り出したのは、小型の機械。
「……カメラ?」
「情報漏れってのも、あまり気にしなくていいかもしれない。美夜ちゃんの反応見て喜んでただけみたいだから」
「はぁ??」
「盗撮マニアのストーカーってとこかな。マシンの中に受付嬢とか、秘書とかそんな写真が一杯入ってた。気をつけなよ」
 犯人がわかった今となっては、すでにこの件は大和の興味の対象から外れているのだろう、なんとも淡々とした説明だ。
 悪質だね、の一言で済む問題か? 
「そもそも、これって運よく犯人がアンタのツールを入れたからわかったわけでしょ」
「運よく、でもないぞ? 誰かさんが面倒臭がってなかなかツールを入れないだろうと大方予想がついてたし、ウェアを取り除いたと思い込んでるから、美夜ちゃんも普通にマシン使ってただろ、向うがそれをみて、スパイウェアの存在に気付かないで使用し続けてると思い込んだ。これならある程度妙な事が起こっても、この女なら気にとめないってね」 ものすごく失礼なことを…
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 あ、もうこれかぁ……。
 耳元から流れてくる音楽が三巡目に入ろうとしていた。そろそろ、夜中も中盤を超えたといったところか。
 机に顎を乗せ、ほとんど突っ伏した状態に近い格好で、大和はノートパソコンのディスプレイを見上げていた。通常は見下ろすものなのだろうが、社内に誰もいないこの時間、姿勢で文句を言ってくるものは誰もいない。時々頭を掻きむしりつつ、思い出した様にキーボードを勢い良く叩く。暖房が効いているとはいえ、長時間キーを打っていたせいで、指の先が冷たくなってきた。ついでに頭もぼーっとしてくる。
 草木も眠る丑三つ時という言い方があるだけあって、深夜のこの時間に一人ぽつんと広い場所にいるのは、あまり気持ちの良いものではない。外の風の流れもどことなく昼間と違うものに思えるし、物音一つしない室内でカタンと音がするだけで、入り込んだ鼠の仕業だとわかっていてもぞっとしない。
 少しでも気を紛らわそうとずっと音楽を耳元でかけているのだが、時折混ざるバラードのお蔭で眠気が増幅する。
 最悪だ。
 そろそろ休むか? 傍らに置いた灰皿も、ほとんど吸殻を積む場所がなくなってきた。捨てに行くにも立ち上がるのが億劫だ。
 やっぱ、この時間まで起きてるのはポリシーに反するって。
 誰に聞かせるでもなく大和は独りごちる。
 どうもこの時間は捗らない。当たり前だ。普段なら大いびきをかいて布団の中で眠っている頃なのだから。
 ちょっとしたミスだったのだ。
 普段なら、こんな効率の悪い時間になるまで残ってることは滅多にない。とっとと終わらせて夕方五時過ぎには店終いする。残業などしない主義のはず。
 今日だって午前中には二つトラブルを解決して、午後一番でクライアントと話をまとめ、帰りにちょっとだけ遊んで行こうと立ち寄っただけなのに。
 ほんの十分だけの気分転換のつもりが、五分も回さないうちにいきなりリーチが来たものだから、なんだかんだと居座り続けて、気付いたらパチンコ屋に一時間。
 引き際を誤ったのが敗因だった。最初の三十分で辞めておけばそれなりの成果だったのに。
 しかも、出先から戻ってきた社長に、店から出てきたときにばったりと……。悪夢だ。 ヒステリーを起こした女社長殿が、罰の意味で今日でなくても良い資料やら報告書やら、引っくるめて大量に押し付けてきた。きっと自分の分を丸ごと投げたに違いない。
「何も全部今日中にやらせることねぇだろが」
 一応反論を試みたが、結局自業自得だというのを認めざるを得なく、今頃になってしぶしぶとキーボードを叩いているというわけだ。普通の会社ならクビにでもなっていたところが、この程度で済んだのだと思えばまだ救われるだろう。 
 ……にしても。
 相手に送らなければならないメール。データの集積。プログラムの改編。報告書……etc。大略片付けはしたが、この時間だ。明日雇い主に文句の一つでも言ってやらなければ気が済まない。これなど期限は来週までではないか、嫌がらせとしか思えない。
 咥えていた短い煙草を乱暴に灰皿に放ると、限界を超えていた吸殻の山の一部が崩れ机に散らばった。
「あー、もう、やめだやめ!! もう知らん!」
 勢い良く立ち上がる――が。もう一つだけ片付けなければならない事を思い出し、大和はもう一度腰かけ直した。傍らに置いてあるもう一台のノートパソコンと繋いで、電源を入れる。
 先日、社長のマシンにスパイウィルスが紛れ込んだ。どうやら客を装って故意に情報を盗もうとしたヤツがいるらしい。
 落してこいと指示されたツールは、ホームページにアップしてあったと言っていた。URLに飛んでみる。 
 案の定、404NOTFOUND。ページはデリートされている。大和は苦笑しながらウィルスに感染した方のマシンの状態を見た。
 自分のマシンと、もう一方のマシンのキーボードを交互に叩き、画面に写った英数字の羅列を目で追う。その表情は、ポーカーで勝てそうなカードが来たときに漏らす笑みとどこか似ていた。
 朝になるまでには、まだ長い時間があるようだ。
 

89.今日の仕事 でした 



なぜこいつを書くとこうなるんだろう……。深夜仕事してるときの気味悪さを書くつもりでいたのに。。。
前回のが反応をいただけて嬉しかったので、ちょっと無理矢理ですが繋げてみました。続けられるのかは微妙ですが(笑)
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「ウィルス?」
 見慣れたディスプレイをじっと見ながら、美夜は首を傾げた。血のような赤黒い画面に、小さな灰色のウィンドウ。画面と同じ赤い色で記号のような文字。こんな趣味の悪い壁紙にした覚えはない。
「ちょっと違うけど、まあ、そんなもん。聞いた事ない? 得体の知れないメールとかホームページで、あやしいファイルを開くとこうなるの」
 面白いものでも見るかのように大和はひゅーと口笛を鳴らした。煙草を懷から取り出しのんびりした手付きで火をつける。呑気なもんだ、自分のマシンが感染でもしようものなら、地団駄を踏んで悔しがっていただろうに。
「まぁ、大丈夫でしょ。美夜ちゃんのだったら、そんな大した情報入ってないし。消えてもOKOK」
 ふーっと煙を吹き出しさらりと言う。
「むかつくぅ。だからって放っておくわけにもいかないでしょ」
 どのキーを押しても画面に変化がないのをいい事に、美夜は力任せにキーを連打した。画面は相変わらず、趣味の悪い赤で塗りたくられたままだ。作った人間の脳味噌の中をいっぺん調べてやりたい。
「マシンに八つ当たりすんなって、ちょい、貸してみ」
 「D」とイニシャルの入ったマシン、それとケーブルをリュックから取り出すと大和は美夜のパソコンと接続を始めた。
「待って、アンタのも感染しちゃうんじゃ……」
「残念でした。美夜ちゃんのと違ってオレのは防御固いもんね」
 見てもらっておいて文句を言うのもなんだが、こういう言い方しかできないのか、こいつは。なんだか別の意味で腹が立ってきた。
「ほーらちゃんと入れた。感染もしてないし大丈夫大丈夫」
「ムカつくぅ」
 以前、会社のマシンでアダルトサイトを閲覧し、挙句の果てにホームページからウィルスに感染してマシン1台不意にしたのはどこの誰ですか。と喉元まで出かけた文句をかろうじて呑み込む。今へそを曲げられたらお手上げだ。
「うわ、こいつアホか」
 何やら嬉しそうにキーを叩いていた大和が心底疲れたような声を上げた。
「どうしたの?」
「スパイウェアみたい。これ」
「スパイウェア?」
「普通はマシンにこっそり入り込んで中のデータを盗んだり、その人のプライベートを除き見たりするもんだけどね、ここまで自己主張が強いの初めてみた。バレるに決まってるじゃん、こんなの」
 文句をたらしつつ大和は自分のマシンのキーを叩いた。
「美夜ちゃん、二週間くらい前に何かおかしなことなかった? こいつ、10日以上も前からあるファイルみたいだけど?」
 どうやら正体を見極めたらしい。2週間前? 確か、クライアントからの依頼があった。渡された資料のファイルを見ることができなくて、指示されたワープロソフトをインストールしたのだ。何日もしないうちに無事に任務も終了し、使わないそのソフトもすぐに削除した。
 まさか、それが?
 その得体の知れないモノは、二十日余りの間マシンの中で生息していたことになる。美夜が画面に向かって仕事をしていたときも、メールを書いていたときも。電子会議で話していたあの会話も。
「おめでとう、やられたね」
 そっけなく呟いた大和の一言に、また一つ腹が立った。
 まあ、言っていることとは裏腹に、彼の頭の中は犯人に見舞うお礼のことで一杯なのだろうが……。


っちゅーわけで 63.寄生 でした。

ネタは一部フィクションです。
マシンの中に寄生するスパイウェア、そんなもん流行るなっつー感じだけど、微妙に流行ってます。
活動がじみーなので、気付くのが遅れるのもいやらしいとこです。普段やってる作業が微妙に遅いとか、ネットがプチプチ切れやすくなったとか、ウィルスソフトが教えてくれて始めて判明とかそんな感じみたい。
出回っているソフトの中には、本来の機能の他に、こっそり別のソフトも混ぜて、使っている人に内緒で情報をチェックしたり、メモリを使って別の作業させたりする悪質なもんがあります。(実際、そういうソフトがパソん中に入っちゃってどうしよーっていうヘルプが私んとこに来ました←最近、微妙に歩くヘルプデスクをする回数が増えてたりする)
みなさん、注意しましょう。こわこわ( ̄▽ ̄;